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猟師の復讐劇ていうか自然ドキュメンタリー「レヴェナント:蘇えりし者」を観てきました。【感想・レビュー】

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カミキユキ(@KamikiYuki)です。
ここ最近は実話を元にした作品ばかり観ている気がします。
4月22日より公開中の「レヴェナント:蘇えりし者」を観てきました。
レオナルド・ディカプリオ主演、音楽/坂本龍一とあって注目の作品です。

 

 

 

 

アメリカ西部の原野、ハンターのヒュー・グラス(レオナルド・ディカプリオ)は狩猟の最中に熊の襲撃を受けて瀕死(ひんし)の重傷を負うが、同行していた仲間のジョン・フィッツジェラルド(トム・ハーディ)に置き去りにされてしまう。かろうじて死のふちから生還したグラスは、自分を見捨てたフィッツジェラルドにリベンジを果たすべく、大自然の猛威に立ち向かいながらおよそ300キロに及ぶ過酷な道のりを突き進んでいく。

- シネマトゥデイ -

予告編といい、あらすじといい何かが違う。
興味を持ってもらえたらそれはそれでいいんですけど。

本作はレオナルド・ディカプリオ念願のオスカー獲得作品。
4回にわたりノミネートするも今回5回目にして叶いました。
共演したトム・ハーディと言えば最近でいうと「マッドマックス怒りのデスロード」ディカプリオとも「インセプション」以来の共演となります。

監督は「バードマンあるいは(無知がもたらす予期せぬ奇跡)」
アレハンドロ・ゴンザレス・イニャリトゥ
音楽は監督がぜひともと推した日本の代表的音楽家、坂本龍一

とあって注目タイトルでした。

復讐劇を推すよりドキュメンタリー映画でいいよ

この作品、160分近くあるんですねー
ちょっと驚いちまったじゃねーか
作品自体は仲間に見捨てられ、息子を殺されたヒュー・グラスが復讐する為に過酷なサバイバルを生き残るという事実を元に作られています。
このサバイバルにかなり焦点があたっており、真冬の西部開拓時代に誘ってくれます。
映像美がすばらしい...!

なぜ近くにIMAXシアターがないのか。

そして、なぜぼくは仕事帰りに観たのか。
すごくねむくなるんだよ...

これに坂本龍一の音楽は自然と一体となっていました。
自然界の重みと息吹を感じさせてくれます。

このドキュメンタリーを際立たせる長回し

今作の特徴はカメラの長回し
周囲を回るかのように撮影されていて、滑らかに新たなシーンに移っていきます。
え、これどこで切り替わってるんですか。
継ぎ目がないので広大な自然をこれでもか、と満喫出来ます。

見捨てられるきっかけとなる、グラスクマの対決シーンなんて!
数分間、ディカプリオクマに蹂躙されているわけなんだが...

レオ様の役の入れ込みがすごい!

先ほども言った通り、サバイバルシーンが長く自然の映像美も当然ですが
ディカプリオの役の入れ込みがすごいです。
サバイバルシーンとなると、自然界のものはなんでも食べます。
牧草のようなその辺の草や、肉の残ってない朽ちた骨がおそらく軟骨を取り出しているのでしょう、それを食べたり、生レバーや生魚をかぶりつく!
極限状態では味がどうとか関係なく身体に取り込もうとするのであろう、そんな雰囲気。彼は極限状態のヒュー・グラスそのものでした。

個人的に復讐劇は...

この作品の肝である息子を殺した男への父親の復讐劇。
息子を殺したトム・ハーディ演じるフィッツジェラルド
彼のグラスへの悪態は冒頭からあり、今にもグラスを殺しそう。
金への強欲さゲスさというかクソっぷりを存分に演じているトム・ハーディ

そんなグラスフィッツジェラルドの対決のエグさときたら...
復讐だけでなく全体的にアクションシーンは常に息をのむ展開
気付けば肩張ってたもの。ほどよく緊張感ある作品でした。

グラスサバイバルが長いし、作品自体長いので
もう少しこっちのアクションや駆け引きに割いても良かったんじゃ...
と思うんですが、グラスの再起を観たといえばそれはそれで良かったかな。

かれらにとっての神とは

作品中、「神」という単語が何度も出てきます。
フィッツジェラルドが自身を「お前にとって俺は神だ」とか、
彼の父親が神を信じてなかった話とか。
ネイティブアメリカンの一人が「復讐は神に委ねる」と言ったり
信仰によって神の定義も教えも違うけども、種族を超えて神について言葉にしているあたり、この環境においての神とは何を指しているのか気になってしまいました。

このあたりまとまったら違うアプローチで記事にしたいところです。

蘇えりし者とは本当は何を指すのか。

「蘇えりし者」という単語、邦題だけかと思いきや
原作もそれとなく近い言葉が使われているんですね。
個人的にはそこまでそれっぽくなかったんです。
なぜかはご覧になって欲しいところですけども、少なくとも最初は見捨てられて死んだと思ったら実は生きてましたーという流れからの蘇った者を指していると思いました。
だけどこれは物語全体を通して別の意味で使われているのかな、
とそんな思いで途中から観てました。
そのあたり考察あれば聞いてみたいです。